
花形 進
花形 進 (横浜協栄) Susumu Hanagata
WBA世界フライ級チャンピオン
戦績・・・65戦41勝(8KO)16敗8分
63 11.01 芳賀 幸八(帝拳) ○判定4R
11.28 鈴木 強(ベアー) ●判定4R
12.30 毛利 哲雄(横体) ●判定4R
64.02.16 磯野 英夫(鈴木) ○判定4R
04.14 川上 好博(中国) ●判定4R
05.05 毛利 純明(中村) ○判定4R
06.29 小林 佳良(東拳) ○判定4R
10.25 新 遵也(ヨネクラ) ○判定4R
12.20 スター 安中(滝の川) △引分4R
65.01.26 小久保 和三郎(リキ) △引分4R
02.28 磯野 英夫(鈴木) ○判定4R
05.30 福山 健三(オギクボ) ○判定4R
06.13 浜崎 茂(ヨネクラ) ○判定4R
08.22 南雲 陽一(中村) ●TKO3R
09.09 垂水 茂(BVD) ●判定4R
12.05 田代 春夫(金平) △引分4R
66.01.10 足利 賢次(革新) △引分6R
02.03 原山 永吉(日東) ●判定6R
03.11 高石 勝美(石橋) △引分6R
05.15 川崎 伍郎(京浜川崎) ○判定6R
06.30 石田 州男(田辺) ○判定6R
08.18 若山 道生(水戸) ○判定6R
09.11 中島 勝吉(笹崎) △引分6R
10.23 川端 勝行(立川親和) ○判定6R
11.14 足利 賢次(革新) ●判定6R
67.01.08 山内 鉄男(笹崎) ○判定6R
03.30 足利 賢次(革新) ○判定8R
05.18 山崎 敏夫(野口) △引分6R
06.18 松本 芳明(金子) ●判定8R
07.17 松本 芳明(金子) △引分8R
09.18 石岡 勝治(石橋) ○判定8R
68.01.25 金子 伸三郎(石橋) ○KO8R
04.29 足利 賢次(革新) ○判定10R
05.26 折井 久(大川) ○判定8R
08.03 入月 三好(滝の川) ○KO4R
09.02 大場 政夫(帝拳) ○判定10R
10.21 和田 詔司(三鷹) ○判定10R
12.09 テリー・ゴー(比) ○判定10R
69.04.07 スピーディ 早瀬(中村) ○判定10R
(日本フライ級王座 獲得)
06.19 エフレン・トーレス(メ) ○判定10R
08.04 スピーディ 早瀬(中村) ○判定10R
(日本フライ級王座 防衛@)
09.08 ロジャー・モレノ(比) ○KO4R
11.28 エフレン・トーレス(メ) ●判定15R
(WBC世界フライ級王座 挑戦)
70.01.11 ラトン・モジカ(ニカラグア) ○判定10R
04.12 綿貫 誠一(キング) ○判定10R
(日本フライ級王座 防衛A)
05.24 フェルナンド・ルマカド(比) ○TKO7R
11.25 垂水 茂(ヨネクラ) ○判定10R
(日本フライ級王座 防衛B)
71.01.27 内田 達郎(京浜川崎) ○判定10R
04.30 エルビト・サラバリア(比) ●判定15R
(WBC世界フライ級王座 挑戦)
09.23 綿貫 英輝(キング) ○判定10R
(日本フライ級王座 防衛C)
12.09 中田 三喜雄(船橋) ○判定10R
72.02.06 介川 猛夫(SB川口) ○判定10R
03.04 大場 政夫(帝拳) ●判定15R
(WBA世界フライ級王座 挑戦)
05.18 介川 猛夫(SB川口) ○KO2R
07.03 幅 修(常滑) ●KO8R
(日本フライ級王座 失う)
10.06 幅 修(常滑) ○判定10R
(日本フライ級王座 獲得)
73.04.27 ダニエル・ピラー(比) ○判定10R
06.17 中田 三喜雄(船橋) ○判定10R
(日本フライ級王座 防衛@)
10.27 チャチャイ・チオノイ(タイ) ●判定15R
(WBA世界フライ級王座 挑戦)
03.19 ルディ・ビロネス(比) ○KO3R
09.05 アーニー・ティンバル(比) ○KO4R
10.18 チャチャイ・チオノイ(タイ) ○KO6R
(WBA世界フライ級王座 獲得)
75.04.01 エルビト・サラバリア(比) ●判定15R
(WBA世界フライ級王座 失う)
10.07 エルビト・サラバリア(比) ●判定15R
(WBA世界フライ級王座 挑戦)
76.05.15 ミゲル・カント(メ) ●判定15R
(WBC世界フライ級王座 挑戦)
1946年1月21日、神奈川県横浜市生まれ。
5度目の挑戦、実に62戦目にして王座に就いた苦労人。しかもそのタイトルは
初防衛戦で失い、通算の世界戦戦績は1勝7敗と惨憺たるものだが、長きに渡って
フライ級の第一線で活躍した事実は評価されるべきだろう。
華やかな名前とは裏腹に、地味なスタイルだった花形。それは、41勝のうち
KO勝ちが7つしかないという戦績にも現れている。しかしそれは、粘り強く
戦ってきたことの証明でもあり、その粘り強さがなければ恐らく世界王者には
なれなかったのではないだろうか。
諦めず、粘り強くの精神は引退後も発揮された。世界の頂点を極めても、防衛
しなければ大金は稼げない。引退後は焼き鳥屋やスナックの一店員となっていた。
普通ならプライドが邪魔してして腐ってしまいそうなものだが、花形は地道に働き
続けた。そんな中、偶然かつてのジムメイトと再会し、彼の援助で念願のジムを
開設するに至ったのである。
その後、星野敬太郎を「元世界王者のジムが生んだ初の世界王者」に育て上げた。
星野も31歳で世界を獲った遅咲きであり、その意味でも花形の精神は後進に
しっかり受け継がれていると言える。
戻る:
[PR]就職、仕事にも県民性が出る?:無料カンタン占いで日払いもアップ